家族=他人の失敗は「責める」ように感じる⇔自分の失敗は「しょうがない」と感じる
家族の失敗は「責める」ように感じ、自分の失敗は「しょうがない」と思う傾向がある・・ということが心理学的な観点からわかって面白く感じました。わかったところでなかなか直せないのですが苦笑。
家族の失敗は「責める」ように感じる
たとえば、スマホの充電器を使用したらしまって置くようにお願いしているにもかかわらず、やっていない夫・・。コンセントにさしたまま出しっぱなしにされると見苦しいし困ります。
そんな放置され充電器を見ると「ちょっと~!プンプン(オノマトペ使用、実際はもっと激しく怒る)使ったらしまってよね!」となる。
ただ自分が充電器をそのままにしておくと、「急いでいたからしょうがないな」と思ったりする。私のせいじゃない・・と考えます。ここに心理学的な見方あったのです。
帰属のエラー
何かよからぬ問題が起こったとき
他人がした失敗は、他人の内面に原因があると思う
自分がした失敗は、外的な要因に原因があると思う
上記のような傾向があるのだとか・・。さきほどの充電器出しっぱなし事件で考えると、
主人が充電器を出しっぱなしにすると、主人のだらしない性格(内的要因)が原因と考る
自分が充電器を出しっぱなしにしたときは、「急いでいたから仕方がない」(外的要因)と思う
ということです。なるほどね。当たっています。主人の性格に問題があると感じつい責めるような気持ちになるのだと。他人の失敗やミスは多めに見てちょうどいいのです。子どもに対してもですね。
自分の失敗の「しょうがない」感が激しかった件
また自分が失敗したときも、かなり外的要因をつかっていると感じました。先日洗濯後の靴下を間違えてセットしてしまっていました。(たとえば水玉柄の靴下片足分とストライプ柄の靴下片足分をまとめて束ねるみたいな・・。実際はもっと似た柄です)。
朝急いでいる主人にその間違いを注意されたとき、私はかなりの無表情でした。(そんな似た柄の靴下があるのがいけないのだと外的要因)。カタコトの日本語で一応謝りましたが(当たり前だっ)。自分が間違いをしたときの、外的要因がすぐにあふれ出る自分自身がコワいです笑。
終わりに
家族=他人の失敗は「責める」ように感じる⇔自分の失敗は「しょうがない」と感じる傾向があるとわかりました。とくに家族に対しては遠慮がないので、より帰属エラーになりやすいのではないかと思います。
これからは、他者のことは多めに見よう、そして自分は少しは反省しよう!・・いや、“他人にも優しく自分にも優しく”がやはり理想ではないかと考えます^^
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